インターネット上の掲示板や都市伝説系のコンテンツでは、小平事件について「被害者は30人以上存在した」「軍隊時代に中国大陸で何十人も手にかけていたシリアルキラー」といったセンセーショナルな言説が頻繁に散見されます。しかし、これらの言説を当時の公判記録や一次資料と照らし合わせると、事実と虚構が入り混じっている実態が見えてきます。
逮捕直後の警察の発表や過熱した新聞報道において、小平が取り調べの初期段階で「余罪は数十件ある」と虚勢を張るような供述をしたことは事実です。また、1928年の済南事件などで中国戦線に従軍していた際、民間人に対する残虐行為に関与していたのではないかという疑惑も取り調べで追及されました。しかし、これらは裏付けとなる物的証拠や被害届の照合が得られず、警察の公式記録としても立証不可能な風評の域を出ていません。
凶悪犯のプロファイリングにおいて、犯行件数を誇大に吹聴することで捜査機関を翻弄し、自らの歪んだ全能感を満たそうとする心理傾向は珍しくありません。俗説に惑わされることなく、法廷で確定した7件の冷厳な事実と、立証し得なかった戦後司法の限界こそを冷静に見据える必要があります。