Q1:なぜ北九州は「三大工業地帯」から外れたのですか?
A1:明治・大正期には官営八幡製鐵所を中心に日本一の重工業地帯として「四大工業地帯」に数えられましたが、昭和30年代以降のエネルギー革命(石炭から石油への転換)によって鉄鉱石・石炭の優位性が低下しました。他地域が自動車や石油化学で急速に成長した結果、出荷額シェアが大幅に低下し、現在の教科書等では「中京・阪神・京浜」の3つを「三大工業地帯」と呼ぶのが一般的になりました。
Q2:中学地理のテストで工業地帯・地域の円グラフが出たとき、見分けるポイントは?
A2:まず「機械」の割合を見ます。機械が7割近くあれば「中京」、5割前後なら「関東内陸」や「東海」を疑います。次に「化学」と「金属」が目立っていれば「瀬戸内」です。各産業が3分割のように均等に分散していれば「阪神」、印刷や食品などその他産業の割合が高ければ「京浜」と判断できます。
Q3:なぜ「工業地域」である瀬戸内や関東内陸が「工業地帯」の阪神・京浜より出荷額が多いのですか?
A3:戦後に整備された工業地域は、広大な工場用地を確保でき、大型船が接岸できる深水港や高速道路インターチェンジに直結しているため、大規模な最新鋭量産プラントの建設に適していたからです。都市化と地価高騰により大規模工場が立地しにくくなった京浜・阪神から、生産拠点がこれらの工業地域へ分散した結果、出荷額の逆転が起きました。