のどかな果樹園が広がる扇状地は、穏やかな農村風景に見えますが、地形学的な本質は「過去数万年にわたって土石流や大洪水が土砂を撒き散らし続けてきた現場そのもの」です。
現地を取材する防災専門家や地盤調査員が口を揃えるのは、扇状地の持つ「見かけの安心感」が引き起こす油断です。普段は伏流水となって地表に水が一滴も流れていない水無川であっても、山間部で線状降水帯などの猛烈な豪雨が発生すると、事態は数十分で急変します。山地から押し出された泥流や流木、巨礫を伴う土石流は、谷口である扇頂を突き破り、扇央の斜面を一気に直撃します。
さらに危険なのが天井川の破堤です。周辺の住宅地よりも高い位置を流れる川の堤防が決壊した場合、水は低い方へと一気に流れ込み、扇央から扇端にかけての広いエリアを瞬時に呑み込みます。水が引くのも早いため被害の痕跡が残りにくい反面、濁流が持つ破壊力は一般的な氾濫水害の比ではありません。
近年、郊外型の宅地開発によって扇央の果樹園が次々と住宅地や大型商業施設へと転換されています。国土地理院が公表する重ねるハザードマップ等の現場検証データを見ても、新興住宅街の真下が「土石流警戒区域」や「浸水想定区域」に指定されているケースは珍しくありません。地盤の締まり具合や過去の氾濫履歴を知らずに景観の良さだけで移住を決めることには、相応の警戒が必要です。