日本の伝統的な和食において、鮭は塩焼き、粕漬け、鍋物など、必ず加熱調理されてきました。鮭を生で食べられない理由の核心は、海洋食物連鎖の中で天然魚に寄生するアニサキスやサナダムシ(日本海裂頭条虫)といった寄生虫の危険性にあります。
天然の鮭は、海を回遊する過程でオキアミや小魚を捕食します。これらの餌生物がアニサキスの幼虫を媒介しているため、天然鮭の内臓や筋肉組織には高確率で寄生虫が移行します。もし生きたままのアニサキスを人間が経口摂取すると、胃壁や腸壁に潜り込もうとして激しい劇症腹痛、嘔吐、アレルギーショック(アニサキス症)を引き起こします。厚生労働省の食中毒統計でも、アニサキスによる事例は年間数百件規模で報告され続けており、天然魚の取り扱いには高度な警戒が求められています。
これに対し、天然鮭と養殖サーモンの違いを決定づけるのが「完全管理された餌」です。養殖サーモンは、人工的に加熱殺菌・加工されたドライペレット(配合飼料)のみを食べて育ちます。海洋生態系の食物連鎖から完全に隔離されているため、アニサキスの中間宿主を取り込む経路が物理的に遮断されており、寄生虫リスクがゼロに近い状態で出荷されます。これが、私たちが安心してサーモンを刺身で食べられる科学的根拠です。
なお、北海道の先住民族であるアイヌ民族には、天然鮭を厳冬期に凍らせて食べる伝統料理「ルイベ」が存在します。これはマイナス20度以下で丸一日以上凍結させることで寄生虫を死滅させる先人の知恵であり、現代の冷凍技術による生食サーモン加工の原型とも言える技術です。