「ウイスキーはストレートで飲むのが通」という先入観を持つ人は少なくありません。しかし、本場スコットランドのマスターブレンダーでさえ、テイスティング時には必ず数滴の水を加えます。割り方ひとつで味わいが激変する最大の理由は、ウイスキーに含まれる香気成分の分子構造にあります。
ウイスキーの樽熟成中に生まれるスモーキーな香りやバニラ様の甘い香りは、主に「グアイアコール」などの有機化合物に由来します。原酒の度数(約40〜60度)の環境下では、これらの成分はアルコール分子の鎖の中に閉じ込められ、液面に浮上しにくい状態にあります。ところが、加水によってアルコール度数が20〜30度付近まで低下すると、水とアルコールの結びつきが変化し、水に溶けにくい香気成分(疎水性分子)が液面へ一気に押し出される現象が起こります。
また、温度変化も味覚を大きく左右します。氷で極限まで冷やすとアルコールの刺激が麻痺して爽快感が際立ち、逆にお湯で温めると揮発性が高まり、奥底に眠っていた麦芽由来の甘みや樽香が前面に押し出されます。つまり、割り方とは単なる薄め作業ではなく、「どの香気成分を主役に引き立てるか」を自在にコントロールする調香の技術なのです。