日常会話やSNSの投稿で頻繁に見かける「今日もいい日になりますように、日々是好日!」といったフレーズ。実は、禅僧や仏教研究者の多くが、この使われ方に警鐘を鳴らしています。「日々是好日」を「毎日をハッピーに過ごすこと」と捉えるのは、決定的な誤解です。
私たちが普段口にする「良い日」とは、快晴に恵まれた日、仕事で成果が出た日、思いがけない幸運に恵まれた日を指します。反対に、大雨に見舞われた日、体調を崩した日、理不尽なトラブルに巻き込まれた日を「悪い日」と決めつけがちです。しかし禅の視点では、この「良し悪しを自分の都合で二つに分ける見方(分別・二元論)」こそが、人間を苦しめる根本原因だと説きます。
禅における「好日」とは、都合の良い日のことではありません。雨が降ればその雨を全身で受け止め、病に臥せばその苦しみと向き合い、どんな状況であっても「二度と戻らない今、この瞬間」を全力で生き切ること。昨日を悔やまず、明日を憂えず、目の前の一日に全身全霊を注ぐことによって、結果としてすべての日がかけがえのない「好日」へと昇華されます。快楽や都合の良さを追い求める相対的な幸運ではなく、絶対的な事実の肯定こそが、この言葉に秘められた真理です。