仙台平野において、内陸深くまで進入した津波が突如としてストップした地点があります。それが、海岸線から約3km〜4km内陸を南北に貫く高規格幹線道路「仙台東部道路」です。
なぜ平野の真ん中で濁流がせき止められたのか。その最大の理由は、仙台東部道路が軟弱地盤対策や立体交差の観点から、周囲の地面より高さ7メートルから10メートルほど土を積み上げて造られた「盛土(もりど)構造」だったためです。
時速数十キロで内陸へ押し寄せた黒い津波の第1波・第2波は、この巨大な土の壁に激突しました。盛土を乗り越えることができず、開口部となっていた下水道ボックスカルバート(トンネル)などを通じて一部が西側へ噴出したものの、大半の濁流は本線の手前で物理的に遮断されました。その結果、高速道路の西側に広がっていた仙台市若林区の内陸部や、人口が密集する新興住宅地への壊滅的浸水が見事に回避されました。
さらに、この盛土は「命の避難場所」としても機能しました。津波警報発令直後、押し寄せる波から逃れようと周辺住民や農作業中だった人々、走行中のドライバーたちが高速道路の法面(斜面)をよじ登り、ガードレールを越えて本線上に避難。約230名の人々が本線上で一夜を明かし、九死に一生を得ました。
この仙台東部道路の偶然の功績は、その後の日本の津波防災のあり方を根本から変えました。現在の復興まちづくりでは、海岸部の防潮堤だけに頼るのではなく、海岸林、かさ上げ道路(県道)、そして盛土高速道路を何重にも配置する「多重防御(マルチバリア)」という設計思想が国家基準として確立されています。