「アメリカンコーヒーは、客を待たせないためにブレンドコーヒーをお湯で薄めて出している」――昭和から平成にかけてまことしやかに語られてきたこの噂は、結論から言えば製法上の重大な誤解です。本来のアメリカンコーヒーとは、焙煎度の浅い「浅煎り豆」を使用して丁寧に抽出されたドリップコーヒーを指します。
コーヒー豆は、生豆を加熱する焙煎工程によって風味が劇的に変化します。一般的に焙煎は8段階(ライト、シナモン、ミディアム、ハイ、シティ、フルシティ、フレンチ、イタリアン)に分類されますが、アメリカンコーヒーに用いられるのは主にシナモンローストからミディアムローストと呼ばれる浅い焙煎度の豆です。
深煎りにすることで生じるスモーキーな苦味や焦げ感ではなく、果実本来の華やかな酸味と軽快な甘みを引き出すことこそが、アメリカンコーヒー本来の設計思想です。お湯で薄めて作った代物では、豆本来の持つフレッシュなアロマや良質な酸味を感じることはできず、単に「抜けた味の薄い液体」にしかなりません。本来の定義におけるアメリカンコーヒーは、妥協の産物などではなく、計算された独自の焙煎と抽出によって成立している独立したメニューなのです。