すべての始まりは、本拠地として長年利用してきた北海道日本ハムファイターズの北広島市「エスコンフィールドHOKKAIDO」への移転だった。プロ野球の年間数十試合という安定した稼働収入を失った株式会社札幌ドームは、急激な減収に見舞われることとなった。
劇的な改革を掲げた新庄剛志監督率いるファイターズのフィーバーや新球場の脚光とは対照的に、取り残された巨大空間は稼働率の低下という重い課題に直面。球団移転による収益の穴を埋めるべく音楽事業へ注力しようとしたものの、そこに立ちはだかったのは過酷な現実だった。