浅間山の噴火史を振り返ると、大規模噴火がもたらす破壊力のリアルが見えてくる。とりわけ語り継がれるのが1783年(天明3年)の天明大噴火だ。この噴火では降灰による農作物の壊滅的被害と、噴火に誘発された土石流・泥流により、関東一円で約1,500人が死亡。さらに冷害と飢饉が重なり、天明の大飢饉を深刻化させた要因の一つとされる。日本の火山災害史の中でも最悪級の記録だ。
その後も1912年、1950年などに中規模噴火が発生し、1958年には山頂火口の爆発で登山者1名が死亡。2004年と2009年の噴火では幸い死者は出なかったものの、軽井沢や周辺市町村で降灰による農作物被害や交通障害が発生した。
この歴史比較で明らかなのは、同じ「浅間山大噴火」という言葉でも、実際には小規模噴火から壊滅的大噴火まで桁違いの幅があるという事実だ。ネット上の情報に触れる際は、「どの時代の噴火を指しているのか」を切り分けて読む必要がある。