世界的なベストセラー小説や映画によって、「キリストの左隣(向かって右)にいる人物は使徒ヨハネではなく、キリストの妻であったマグダラのマリアである」という都市伝説が一気に拡散しました。しかし、美術史学界や当時の社会史的エビデンスに基づくと、この説には明確な誤認が存在します。
当時、フィレンツェを中心とするルネサンス絵画において、使徒ヨハネは「最年少で最も純潔な使徒」として髭のない女性的で繊細な美青年として描く図像伝統(イコノグラフィー)が確立されていました。レオナルド自身、中性的な容貌の美男子を好んで描く傾向があり、晩年の傑作『洗礼者聖ヨハネ』を見てもその特徴は顕著です。キリストとヨハネの身体が織りなす「V字の空間」や「Mの字」を陰謀論に結びつける主張は、幾何学的な安定感を求めたレオナルドの構図設計を過剰に曲解した創作に過ぎません。