なぜ「アメリカに利権を奪われた」「やはりSTAP細胞は本物だった」という言説が、10年以上経った今も消えないのでしょうか。ここには、科学論文の査読制度と特許審査制度の決定的な違いに対する一般的な誤解があります。
特許制度は、発明が新規であり進歩性があるか、産業上利用できるかを書類上で審査する行政手続きです。特許庁の審査官が実験室で実際に追試を行うわけではありません。提出された明細書に記載されたデータに明らかな不整合がなければ、書類上の要件を満たす限り登録されることがあります。つまり、「特許が成立した=科学的に再現性が証明された」という等式は成り立たないのです。
さらに、ネット掲示板やSNSでは「日本の優れた頭脳が海外の巨大資本に潰された」という悲劇のヒロイン物語や国家間陰謀論が非常にウケやすい土壌があります。理研の調査結果公表時、残されていた細胞サンプルを全ゲノム解析したところ、実際には既存のES細胞(胚性幹細胞)が混入していたという厳然たる科学的証拠が示されました。この冷厳な事実よりも、「実は本物だった」というドラマチックなストーリーを信じたい心理(確証バイアス)が、誤情報の拡散を後押しし続けています。