サントリー創業者・鳥井信治郎の真実|「やってみなはれ」の原点

サントリー創業者・鳥井信治郎の真実|「やってみなはれ」の原点

サントリー創業者・鳥井信治郎の真実|「やってみなはれ」の原点にまつわる興味深い視点を分かりやすく発信ます。

世界的ブランドとなった「サントリー」という社名の由来には、鳥井信治郎の商才とユーモアが込められています。定説とされているのは、同社を飛躍させた主力商品「赤玉ポートワイン」の象徴である「太陽(Sun)」に、創業者である鳥井信治郎の姓「鳥井(Torry)」を合体させた造語であるという説です。また、大阪商人たちの間で親しみを込めて呼ばれていた「鳥井さん(とりい・さん)」を逆さまにして「サントリー」としたという洒落の効いたアナグラム説も知られており、信治郎の人間味あふれるエピソードとして親しまれています。1963年(昭和38年)、ビール事業への本格参入を機に、社名は寿屋からサントリー株式会社へと正式に変更されました。

サントリーを語る上で欠かせないのが、日本有数の名門財界一族として知られるサントリー創業者一族の家系図と強固な経営承継システムです。

信治郎の長男である鳥井吉太郎は、将来を嘱望された後継者でしたが、1940年(昭和15年)に31歳の若さで早世しました。この悲劇を受け、事業の後継者として白羽の矢が立ったのが次男の佐治敬三(さじ・けいぞう)です。敬三は母方の実家である「佐治家」の養子に入り姓を改めましたが、実質的な信治郎の後継者として1961年に2代目社長に就任。信治郎のDNAである「やってみなはれ」を愚直に体現し、45年連続赤字と言われたビール事業への挑戦や、サントリーホールの開設、開高健や山口瞳らを擁した宣伝文化の黄金期を築き上げました。

さらに三男の鳥井道夫も副社長として兄・敬三を支え、グループの結束を固めました。世代交代を経た現代においても、佐治信忠(3代目社長・現代表取締役会長)や鳥井信吾(現代表取締役副会長)へと血脈と理念が受け継がれています。サントリーホールディングスは現在も株式の非上場を維持(中核子会社のサントリー食品インターナショナルのみ東証プライム上場)。資産管理会社である「寿不動産」が強固な株式を保有することで、短期的な株主資本主義に惑わされず、10年・20年単位の長期投資を可能にする独特のガバナンス体制を維持しています。

中川 明日香
著者

中川 明日香

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。