一般に広く浸透している敵は本能寺にありの意味は、「本当の狙いや目的は、表向きに掲げている場所とは別のところにある」という比喩です。敵陣や表面的な課題に惑わされず、真の標的を見据えて行動を起こす局面で用いられます。
このことわざの由来と語源は、天正10年6月2日未明に起きた本能寺の変に遡ります。羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)の毛利攻めを救援せよとの信長の命を受けた明智光秀は、丹波亀山城を出陣しました。軍勢は西国街道を進むはずでしたが、桂川を渡る直前で突如として進路を東の京へと変更し、本能寺に宿泊していた信長を襲撃したという劇的な軍事行動に基づいています。
しかし、当時の兵士たちに「今から信長様を討つ」と叫んで納得させられる状況だったのかという疑問は、古くから専門家の間で議論されてきました。その答えを解く鍵が、後世に編纂された記録文学の存在です。