「天皇が出雲大社を避けている」という言説を論破する上で、決定的な事実となるのが皇室による出雲大社への祭祀関与と近年の皇族方の動向です。
勅使派遣という国家最高位の祭祀待遇
在位中の天皇が自ら出雲に足を運ばないことをもって「軽視」や「忌避」と捉えるのは誤りです。出雲大社は、国家に重大な事態が生じた際や、60年に一度行われる本殿の「大遷宮」において、必ず天皇から「勅使」が差遣される「勅祭社(ちょくさいしゃ)」に準ずる極めて高い社格を誇ります。2013年(平成25年)の「平成の大遷宮」における本殿遷座祭でも、天皇陛下(現在の上皇さま)から幣帛が下賜され、厳粛な祭儀が執り行われました。親拝を行わないのは排斥ではなく、確立された宮廷祭祀の規律に基づいているに過ぎません。
皇族方の出雲親王・親拝の実績
在位中の天皇としての公式親拝記録は歴史上極めて稀であるものの、皇族の方々が出雲大社を参拝された記録は数多く残されています。昭和天皇は皇太子時代の1907年(明治40年)の山陰行啓で出雲大社を訪問され、上皇さまも皇太子時代の1982年(昭和57年)島根県植樹祭の折に美智子さまとともに参拝されています。現代の皇室において、出雲大社は決して「立ち寄ってはならないタブーの地」などではありません。
高円宮家・典子さまと千家国麿氏の結婚が意味するもの
皇室と出雲大社の強固な結びつきを象徴する最大の出来事が、2014年(平成26年)に行われた高円宮家の次女・典子さまと出雲国造家の長男・千家国麿(せんげくにまろ)氏の御結婚です。
出雲国造の祖先は、天照大御神の第二子である天穂日命(あめのほひのみこと)とされています。つまり千家家は、神話の時代に大国主大神に仕えるために地上に降り立った天津神の直系子孫です。数千年の時を経て、皇室(天津神の皇統)から出雲国造家へと嫁がれたこの慶事は、神話の因縁や対立を完全に融和させ、古代から続く両家の絆を現代社会に改めて証明する歴史的契機となりました。「怨霊封印」や「呪い」といった陰謀論がいかに的外れであるかは、この事実一つをとっても明白です。