東京大衆歌謡楽団の歩みは、スマートなコンサートホールではなく、土埃の舞う路上から始まりました。2009年4月の結成当初は、長男・孝太郎、次男・雄次郎、三男・龍三郎の3人編成で活動をスタートさせています。彼らが選んだ修練の場は、浅草神社境内や上野恩賜公園などの往来でした。
当時の特番インタビューにおいて孝太郎氏は、「通り過ぎる人の足を止めることができなければ、自分たちの歌に命はない」という覚悟で路上に立ち続けた旨を語っています。看板もマイクアンプの大きな増幅もない中で、直立不動でお辞儀をし、深呼吸ひとつで歌い出す。その異様なまでの迫真性に、買い出し途中の地元住民や観光客が1人、また1人と足を止め、やがて人垣が二重三重に膨らんでいきました。
路上という逃げ場のない現場で培われたのは、楽譜の正確さ以上に「聴き手の胸ぐらを掴むような情感の伝達力」でした。天候に左右され、聴衆の野次や雑音に晒されながらも、兄弟4人は阿吽の呼吸を研ぎ澄ませていきました。2015年に四男・圭四郎がバンジョー奏者として合流したことで、戦前のアメリカンポピュラー音楽の影響を色濃く残す昭和モダン歌謡の響きが完成の域に達したのです。