日本の南極観測船は、時代ごとの要請に応じてバトンを繋いできました。初代「宗谷」、2代目「ふじ」、3代目「初代しらせ」、そして現役の「2代目しらせ」を比較すると、技術の飛躍的な進化が明確に分かります。
宗谷は元々商船(特務艦)を改造した船であり、排水量約4,000トン、砕氷能力も1メートル未満と極限の氷海には力不足でした。これに対し、ふじは最初から砕氷艦として設計され、基準排水量5,250トン、6,000馬力(ディーゼル・エレクトリック方式)の推進力を備え、過酷な南極海を自力突破する能力を飛躍的に向上させました。
しかし、1980年代に入ると観測設備の高度化に伴い、さらなる輸送能力と砕氷力が求められるようになります。船体の金属疲労や経年劣化も重なり、1983年4月に第24次観測隊の帰国をもって惜しまれつつ現役を引退。その使命は、排水量1万トンを超える後継艦「しらせ」へと引き継がれました。