日本三大祭りが単なる知名度ランキングではなく、別格の存在として扱われる最大の理由は、それぞれの祭礼が「日本の都市形成史そのもの」を背負っている点にあります。
第一の理由は、「都市疫病と怨霊鎮魂」という古代・中世の切実な祈りから発祥していることです。平安時代前期の869年、全国的な疫病流行を鎮めるために御霊会(ごりょうえ)として始まった祇園祭。そして、菅原道真の怨霊を慰め、水都・大坂の安寧を祈念して951年に始まった天神祭。いずれも過密化する都市部で最も恐れられた「目に見えない厄災」に対する、都市住民全体の祈念装置として機能してきました。
第二の理由は、「国家権力との公的な結びつき」です。江戸の神田祭・山王祭は、徳川幕府の公式行事として神輿が江戸城内に入城を許された唯一無二の存在でした。将軍や大奥の上覧を受ける栄誉は他の地方祭礼には決して許されなかった特権であり、幕府の庇護と町人の経済力が融合した頂点だったのです。
第三の理由は、「町衆(ブルジョワジー)による自治と財力の誇示」です。京都の呉服商や豪商が山鉾に舶来のペルシャ絨毯やタペストリーを飾り付けたように、大坂の堂島米会所の旦那衆が船渡御の豪奢な舟を仕立てたように、これらの祭りは町民階層が時の権力に対抗して自らの経済力と美意識を天下に誇示する舞台でもありました。歴史の長さ、権力の公認、町衆の圧倒的な経済文化力――この3条件が極めて高い次元で結実していることこそが、選ばれた決定的な根拠なのです。