2004年から2006年にかけて、若槻千夏はテレビで見ない日がないほどの過密スケジュールをこなしていました。レギュラー番組を何本も抱え、睡眠時間は連日2〜3時間という極限状態。しかし2006年11月、突然の体調不良による休業発表が世間に衝撃を与えます。
当時、ネット掲示板や一部の週刊誌では「大御所タレントを怒らせて干された」「死亡説」「重病説」など、根拠のない憶測が飛び交いました。しかし、後に本人が自著や特番インタビューで語った真実は、過酷な労働環境による「神経性胃炎・潰瘍」と「深刻なアイデンティティの葛藤」でした。
テレビ局のスタジオに入ると極度のストレスから吐き気を催し、食事も喉を通らない状態に陥っていたといいます。さらに深刻だったのは、世間や制作陣から求められる「おバカで元気なギャル」という偶像と、本来の自分自身との解離でした。彼女は後にこう振り返っています。
「台本を開くと、自分が言わなければいけないおバカな台詞やリアクションがびっしり書かれていた。本当は答えを知っているのに、間違えなければいけない。求められるキャラを演じ続けるうちに、自分が何者なのか完全に分からなくなってしまった」
心身ともに限界を迎えた彼女は、周囲の反対を押し切って芸能活動の無期限休止を決断。このバーンアウト(燃え尽き症候群)からの離脱こそが、彼女のその後のキャリアを決定づける重要な転換点となりました。