耳の中から漂うツンとした発酵臭と、綿棒やコットンに付着するコールタールのような粘り気のある汚れ。この黒い耳垢と独特な臭いの正体こそ、愛犬の耳道内で暴走した「マラセチア・パキデルマティス(Malassezia pachydermatis)」の代謝産物です。
マラセチアは本来、健康な犬の皮膚や耳道内にもごく普通に存在する「皮膚常在菌」に過ぎません。普段は他の細菌とバランスを取り合いながら無害に共生していますが、皮脂を大好物とする性質を持っています。何らかのきっかけで皮脂の分泌が過剰になったり、耳道内の湿度が急上昇すると、爆発的なスピードで増殖を開始します。増殖したマラセチアが皮脂を分解する過程で遊離脂肪酸を放出し、これが耳のデリケートな粘膜を激しく刺激して炎症を引き起こす病態が犬のマラセチア性外耳炎です。
臨床現場の検査データによると、健康な耳では顕微鏡の強拡大視野(400倍)で1〜2個程度しか見られないマラセチアが、発症時には雪だるま(あるいはピーナッツ)のような形をした菌体で視野一面を埋め尽くします。痒みは強烈で、犬は壁に耳を擦りつけたり、出血するまで爪で引っ掻くなど、強いストレスに晒されることになります。
ここで見落としてはならないのが、マラセチア菌の異常増殖とアレルギー体質の深い結びつきです。マラセチアが単独で暴走することは稀で、多くの場合、背景に「皮脂膜のバリア機能を崩壊させる引き金」が存在します。犬アトピー性皮膚炎や食物アレルギー、甲状腺機能低下症などの内分泌疾患を抱える個体は、皮膚の免疫防御能が低下し皮脂分泌が不安定になるため、格好の温床となります。さらに、フレンチブルドッグやシー・ズー、アメリカン・コッカー・スパニエルといった犬種は、遺伝的に脂漏体質であったり耳道が狭く垂れ下がっているため、通気性の悪さから湿度がこもりやすく、ハイリスク群として知られています。