竹田恆和氏の私生活を語るうえで避けて通れないのが、前妻(元妻)の存在です。メディアで論客として広く知られる竹田恒泰氏の実母にあたる人物は、松見慶子(まつみ・けいこ)さんです。
慶子さんは、東京都港区三田に所在する名門精神科病院「松見病院」の創業者・元理事長である医学博士・松見三郎氏の令嬢です。単なる資産家の娘にとどまらず、自身も女子美術大学で助教授を務めるなど、美術・文化教育の分野で確固たるキャリアを築いた知性派の女性でした。
二人の間には、1975年に長男の恒泰氏が誕生し、その後次男の恒俊氏が誕生しています。昭和の良き時代、馬術のオリンピック日本代表選手として名を馳せ、慶應義塾大学馬術部でも指導にあたっていた若き日の竹田恆和氏を、知性豊かな慶子夫人が支える姿は、まさに絵に描いたような名門カップルとして羨望を集めました。
しかし、二人は長年の婚姻生活の末に協議離婚を選択します。公の場で泥沼の暴露合戦や裁判沙汰が起きることは一切ありませんでしたが、関係者の間ではいくつかの背景が語り継がれています。
「竹田恆和氏は現役引退後、JOC役員から国際舞台へと活動領域を一気に広げ、年間の大半を海外出張や競技団体運営に捧げる多忙な生活に入りました。一方、慶子さんもまた自身の研究活動や芸術教育に強い情熱を持っていた。名門・旧皇族の『家』を維持する重圧と、多忙による生活のすれ違いが長年にわたり積み重なった結果、互いの自立を尊重した円満な別れを選んだというのが実情です」(旧華族関係者)
長男の竹田恒泰氏は自身の著書やメディア出演の際、母・慶子さんについて「非常に教養深く、厳格さと優しさを兼ね備えた母親だった」と語っており、離婚後も母子の絆は良好に保たれていることがうかがえます。