ちあきなおみの旦那・郷鍈治の死因と引退の真相|現在の姿まで追跡

ちあきなおみの旦那・郷鍈治の死因と引退の真相|現在の姿まで追跡

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ちあきなおみと旦那・郷鍈治の出会いは、昭和の芸能界において必然ともいえる運命的な巡り合わせでした。ちあきなおみ若い頃は、米軍キャンプでの巡業やジャズ喫茶での下積み、そしてキャバレー回りなど、10代の頃から過酷な現場で叩き上げられた苦労人でした。1972年に「喝采」で日本レコード大賞を受賞し、トップスターの座に登り詰めたものの、当時の芸能界特有の過酷な興行システムや利権争いに心をすり減らす日々が続いていました。

二人の接点が生まれたのは1973年、TBS系のドラマ共演がきっかけでした。強面な悪役や殺し屋役で強烈な存在感を放っていた郷鍈治ですが、その素顔は誰よりも礼儀正しく、曲がったことを嫌う硬骨漢でした。当時、複雑な人間関係や事務所移籍トラブルに悩まされていたちあきなおみの前に現れた郷は、体を張って彼女を守り抜く防波堤となったのです。業界の圧力や不条理から彼女を命がけでガードする郷の武骨な誠実さに、ちあきは深い安心感を抱くようになりました。

二人は約5年の交際期間を経て、1978年に結婚。世間は「名悪役と美声の歌姫」という異色のカップルに驚きを見せましたが、親しい関係者にとって二人が結ばれることはごく自然な帰結でした。結婚に際し、郷は「彼女の才能は国宝だ。俺が命を懸けて守る」と周囲に語っており、このときから二人の絶対的な二人三脚が本格的に始まりました。

なお、郷鍈治の本名は宍戸瀬多夫(ししど せたお)であり、日活アクション映画の看板俳優であった宍戸錠の実弟にあたります。実兄の宍戸錠は派手なスター性を誇示するタイプでしたが、弟の郷鍈治はストイックに役柄と向き合う職人気質の俳優でした。宍戸錠も生前、弟夫婦の結びつきについて「瀬多夫はちあきにすべてを捧げていた。あれほど互いを思い合っていた夫婦は他にいない」と手記やインタビューで振り返っています。

また、二人の間に子供の有無について関心が集まることが少なくありませんが、子供はいませんでした。夫婦二人だけの生活を選び、お互いが人生のパートナーであり、親友であり、仕事の同志という完全無欠な関係性を築いていたことも、二人の結びつきをより強固なものにした大きな要因でした。

林 結菜
著者

林 結菜

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。