映像版の心地よい空気感に惹かれて原作本(ハルキ文庫)を手に取った読者の多くが、まず最初にその「トーンの激しい落差」に強い衝撃を受けます。松本佳奈監督が指揮を執ったドラマ版は、北欧の名作家具や食器、柔らかな自然光、そしてフードスタイリスト・飯島奈美による端正なサンドイッチとスープによって、徹底的に「視覚的な心地よさ」が追求されています。しかし、作家・群ようこが紡いだ原作小説の根底を流れているのは、日本の家族制度や世間体がもたらす息苦しさ、そして親娘の生々しい葛藤です。
原作における主人公のアキコは、突然倒れて他界した実母に対して、愛情だけでなく強烈な鬱屈と違和感を抱え続けていました。周囲から「お母さん思いのいい娘」と見られることへの息苦しさ、長年勤めた出版社で味わった理不尽な派閥争いや左遷人事、そして食堂を継ぐことに対して無神経な噂話を投げかけてくる下町の古参住人たちに対する、アキコの冷徹でシニカルな観察眼が随所に散りばめられています。
ドラマ版の脚本を担当したカーゴパンツ(監督やプロデューサーらによる共同ペンネーム)は、原作が持つ強烈なエゴや社会批判を消し去ったわけではありません。むしろ、それらの痛みを「言葉」ではなく「料理を作る手元」「店内に差し込む斜光」「沈黙の間の取り方」に潜ませることで、大人の鑑賞に堪えうる極上のドラマへと変換しました。原作を先に読んだ人は映像の優しさに救われ、ドラマを先に観た人は原作の鋭利な人間観察に舌を巻くという、幸福な相互補完関係が成立しています。