今市隆二さんがパーソナリティを務めるJ-WAVEのレギュラーラジオ番組『SPARK』や各種ロングインタビューでは、飾らない言葉で母親への感謝が度々語られてきました。そこから見えてくるのは、青年期特有の反抗期を経て築かれた、成熟した大人の親子関係です。
歌手の夢を掴む前、今市さんは高校を中退し、建設現場で鉄筋同士を高熱で接合する「圧接工(あっせつこう)」として約5年間にわたり汗を流していました。夏の猛暑や冬の凍てつく寒さの中で過酷な肉体労働に従事し、手袋に穴が開くほど働きながらも、夜はボーカルスクールに通い夢を追い続けていた時期です。
当時を振り返り、今市さんはラジオで次のように語っています。
「若い頃は親に心配ばかりかけていたし、迷惑もたくさんかけました。圧接の仕事をしていたときは毎日クタクタで帰ってきて、ご飯を作って待っていてくれた母親のありがたみなんて、当時は深く考えられていなかった。でも、自分が社会に出て苦労したからこそ、親がどれだけの愛情を注いでくれていたかが身に染みてわかったんです」
三代目 J SOUL BROTHERSのボーカルとしてデビューを果たし、経済的な自立を確立してからの親孝行エピソードは、ファンの間でも語り草となっています。母の日には欠かさず花やプレゼントを贈り、母親の好物をリサーチして食事に招待したり、温泉旅行をプレゼントするなど、照れることなくストレートに感謝を形にしています。
ある年のラジオ放送で「母の日に何を贈ったか」というリスナーからの質問に対し、「定番だけどカーネーションと、普段なかなか言えないから手紙を添えて送った」とさらりと明かした場面は、リスナーやファンの心を大いに温めました。虚勢を張ることなく親への感謝を言葉にできる素直さこそが、今市隆二というボーカリストの人間的深みとなっています。