昭和歌謡の至宝と称される『カスバの女』の歌詞は、全編を通じて退廃と純情が交錯する極めて文学的な構成を持っています。作詞を手がけた大高ひさを氏、作曲を担当した久我山明氏(作曲家・渡久地政信氏の別名義)によって1955年(昭和30年)に世へ送り出された本作は、冒頭のワンフレーズで聴き手を異国の迷宮へと引き込みます。
1番では「ここは地の果て アルジェリア / どうせカスバの 夜に咲く / 酒場の女の うす情け / 泣いて踊るも 誰のため」と、北アフリカの迷宮都市カスバの酒場で客相手に踊る女性の投げやりな心情が描写されます。「うす情け」という言葉には、客に本気の愛を捧げることもできず、金銭と引き換えに虚構の微笑みを売らざるを得ない自嘲が滲み出ています。
2番に進むと、彼女の過去に刻まれた生々しい傷跡が明かされます。「刺青(つめ)を消しても 傷痕は / 残る男の 恨み節 / 咽(むせ)び泣くよな アコーディオン / 想い出ばかりの 宵まつり」。かつて愛した男の名や誓いを肌に刻んだものの、裏切りによってそれを消した過去。肉体と心の双方に残る消えない傷を抱え、酒場に流れるアコーディオンの音色に過去をフラッシュバックさせる姿は痛烈です。
そして3番の「明日はチュニスか モロッコか / 白いドレスに 身をつつみ / 故郷(くに)を捨てた 落ちぶれの / 夢を追うのも 夢なのか」という結びによって、彼女の流浪の旅が永遠に終わらないことが示されます。チュニスやモロッコへと当てもなく漂泊を続ける覚悟を決めながら、かつて純白のドレスを夢見た無垢な日々への未練を捨てきれない――。この絶望的な諦観と微かな追憶の揺らぎこそが、歌詞全体の核心といえます。