北里柴三郎が科学史に刻んだ最大の金字塔は、破傷風菌の純粋培養の成功(1889年)と、それに続く抗毒素(血清療法)の発見(1890年)です。当時、空気に触れると死滅する嫌気性菌の培養は不可能とされていましたが、北里は独自の水素置換装置を考案して培養に成功。さらに、毒素を微量ずつ動物に注射して体内にできた抗体を取り出し、治療に応用する「血清療法」を共同研究者のエミール・フォン・ベーリングとともに確立しました。これにより、それまで致死率が極めて高かった破傷風やジフテリアの治療に劇的なブレイクスルーがもたらされました。
さらに1894年、猛威を振るっていた香港のペスト流行地に単身乗り込み、わずか数日の調査でペスト菌を発見。原因不明の恐ろしい伝染病として恐れられていた黒死病の病原体を特定し、国際的な感染拡大防止に決定的な貢献を果たしました。伝染病研究所の記録や当時の学術誌『ランセット』の報告からも、北里の迅速かつ精密な実験手法が世界の一流研究者を驚嘆させたことが克明に伝えられています。