なぜ山下達郎と竹内まりやは、ここまで徹底して娘の存在を秘匿し続けてきたのか。この背景には、単なる防犯やプライバシー意識を超えた、家族社会学的な必然性と心理学的知見に基づく教育方針が見て取れます。
かつての昭和・平成の芸能界では、親が子供を芸能界へ引き入れ、自らのステージの延長としてプロデュースする「ステージママ文化」が横行しました。しかし、その多くは親子の精神的な共依存を生み出し、過度な世間のバッシングや「親の七光り」というレッテルによって、二世タレント本人の自己肯定感を激しく損なう悲劇を繰り返してきました。
山下達郎は、音楽業界の商業主義やメディアの狂騒に対して誰よりも批判的であり、自身の顔写真すら露出を最小限に抑える職人気質のアーティストです。一方の竹内まりやも、出雲大社の名家である「竹野屋旅館」に生まれ育ち、地方の旧家ならではの厳格な礼節と自立心を身につけています。夫妻が何よりも恐れたのは、偉大すぎる親の影によって娘の人生が消費され、一人の人間としての尊厳が脅かされることでした。
心理学において極めて重要とされる「心理的バウンダリー(境界線)」を、親の側から能動的に設定したことこそが、この家庭の最大の勝因です。親の成功は親のもの、子供の人生は子供のものという冷徹なまでの線引きを徹底したからこそ、長女は誰に媚びることもなく、自己の才能で社会に根を張ることができたと言えます。