江戸時代の女性たちは、ライフステージや所属するコミュニティに応じて厳格に髪型を変えていました。その代表的なバリエーションを階層・立場別に読み解いていきます。
1. 町娘と未婚女性の象徴「島田髷」とその派生
未婚女性の定番ヘアスタイルとして定着したのが島田髷(しまだまげ)です。東海道の島田宿の遊女が考案したとも、歌舞伎の若衆(美少年)の髪型を真似たとも伝えられています。
島田髷の結い方は、髷を折り曲げて中央を元結で固く縛るのが基本ですが、年齢や階層によって細かく変化しました。武家や良家の未婚女性は髷の位置を高く結い上げた格式高い文金高島田(ぶんきんたかしまだ)を好み、町娘は髷に鹿の子絞りの手絡(てがら)を巻き付けた結綿(ゆいわただ)や、愛らしいおたばこ盆を結って愛嬌と若さをアピールしました。
2. 既婚女性の絶対的記号「丸髷」と未婚・既婚の違い
女性が結婚すると、髪型は劇的に変化します。既婚女性の標準となったのが丸髷(まるまげ)です。島田髷が直線的で軽快な印象を与えるのに対し、丸髷は丸みを持たせた大きな髷を後頭部に据えるのが特徴です。
丸髷と島田髷の最大の違いは、社会的な婚姻関係の可視化にあります。江戸時代の女性は結婚すると「お歯黒」をつけ、眉を剃り落とす「引眉(ひきまゆ)」を行いましたが、同時に髪型も丸髷へと切り替えました。さらに、新婚の若い時期は髷を大きくふっくらと結い、年齢を重ねるにつれて髷を平たく小さく結うなど、年齢に応じた細やかな使い分けがなされていました。
3. 武家女性の身分と格式「片外し・吹輪」
大名家や旗本の奥向きに仕える武家女性の髪型は、町人女性の流行とは一線を画す厳格な格式が求められました。大奥の上臈御年寄(じょうろうおとしより)や御年寄など、高い役職にある奥女中が結ったのが片外し(かたはずし)です。
片外しは笄(こうがい)に髷を巻き付け、笄を抜くと髷が解ける特殊な構造をしており、身分の高い武家女性ならではの威厳を象徴していました。また、大名家の姫君や若年層の武家娘は、髷に紅白の手絡を華やかにかけた吹輪(ふきわ)を結い、町人階級とは明確に一線を画していました。
4. トレンドセッターとなった遊女・花魁の「兵庫髷・勝山髷」
江戸の流行最先端を走っていたのが吉原の遊女たちです。江戸初期に大流行した兵庫髷(ひょうごまげ)は、明暦の大火(1657年)前後に兵庫津の遊女が結い始めたとされ、髷を頭頂部で輪のように立ち上げる大胆なフォルムが江戸中の町娘に模倣されました。
また、明暦年間に吉原の太夫・勝山が考案した勝山髷(かつやままげ)は、髷を平たい輪にして前に倒す優美なスタイルで武家奥女中から町方へと一気に普及し、のちの丸髷の原点となりました。吉原のトップに君臨する花魁(おいらん)たちは、横に巨大な羽を広げたような横兵庫(立兵庫の発展形)を結い、無数の簪(かんざし)を挿して圧倒的な存在感を誇示しました。