結婚から約5年が経過した2009年4月20日、冨永愛さんは自身の公式ブログを通じて離婚届を提出したことを公表しました。そこには「互いの生き方を尊重し、別々の道を歩むことが最善の選択であると判断した」旨が静かに綴られていました。しかし、華やかなトップモデルの突然の破局に対して、メディア上では様々な憶測が飛び交いました。
当時、一部の週刊誌やワイドショーが大きく報じたのが、「元夫によるモラハラ(モラルハラスメント)や束縛」という疑惑です。パーティーの席上で過度な露出のある衣装を咎められたことや、夫婦間の激しい口論が関係者の証言として取り沙汰されました。しかし、彼女が後に発表した自叙伝『あい だいまこと』や過去の特番インタビューで明かした真実は、単一の加害・被害関係という単純な構図ではありませんでした。
離婚に至った決定的な要因は、主に以下の3点に集約されます。
- 圧倒的な物理的すれ違い:世界中を移動し続けるトップモデルのスケジュールと、ひとつの厨房で早朝から深夜まで立ち続ける職人の生活リズムは、根本的に噛み合いませんでした。
- 経済格差とプロフェッショナルとしての自負:世界的なトップモデルとして莫大な報酬を得ていた冨永さんと、修行中・新進気鋭のパティシエであった元夫との間には、現実的な収入格差が存在し、それが互いの誇りに無意識の影を落としていました。
- 子育てに対する環境認識の隔たり:異国フランスで育てるのか、それともサポート体制の整う日本を拠点とするのか。息子にとって最適な生活環境を模索する中で、妥協できない優先順位の違いが浮き彫りになりました。
表面的なモラハラ疑惑という刺激的な言葉の裏には、若き2人が互いに譲れない職業倫理と環境格差の中で摩耗していった、痛切な人間模様が存在していたのです。協議離婚は泥沼の裁判劇になることなく成立し、長男の親権は冨永さんが持つこととなりました。