JIROさんと妻・玲子さんの馴れ初めは、1990年代半ばの音楽雑誌の取材現場に遡ります。玲子さんは当時、音楽ファンや業界関係者から高い評価を受けていた出版社「ロッキング・オン(rockin'on)」社に所属する有能な音楽雑誌編集者でした。
音楽に対してストイックかつ真摯に向き合うJIROさんは、通り一遍のアイドル的なインタビューではなく、サウンドの構造やバンドの表現論に深く切り込む玲子さんの知的なアプローチと情熱に強い感銘を受けたとされています。単なる取材対象とライターという垣根を越え、音楽的価値観を共有できる唯一無二の理解者として、JIROさん側から積極的にアプローチを重ねて交際へと発展しました。
特に象徴的なのは、1990年代後半にGLAYが経験した壮絶なメガヒットのプレッシャー期です。JIROさんは自著や当時のロングインタビューにおいて、急激な環境変化によって一時期「バンドを辞めたい」と思い詰めるほど精神的スランプに陥っていたことを告白しています。そのどん底の時期に、商業主義とは一線を画した純粋な視点でJIROさんの苦悩を受け止め、精神的支柱として支え続けたのが玲子さんでした。
約5年間にわたる誠実な交際期間を経て、バンドがひとつの大きな節目を迎えた2000年12月に正式に入籍。派手な芸能人同士の披露宴などは行わず、親しい関係者のみに見守られた静かな門出を選んだ点にも、2人の飾らない実直な人柄が表れています。