ホテルニュータガワは1889年(明治22年)創業の老舗料亭をルーツに持ち、小倉を代表するシティホテルとして君臨してきました。しかし、地方都市における宿泊競争の激化や宴会需要の構造変化、建物の老朽化に伴う維持コストの増大が徐々に経営を圧迫していきました。
決定打となったのは、過去の過大な設備投資による負債負担です。運営会社は自力再建を模索したものの困難となり、民事再生法の適用を申請する事態へ発展。その後、全国規模でホテル再生を手掛ける「株式会社マイステイズ・ホテル・マネジメント」がスポンサーとして名乗りを上げ、運営を継承することになりました。
こうして単なる「完全閉館・取り壊し」という最悪のシナリオを回避し、ブランドを刷新する形で「アートホテル小倉 ニュータガワ」へと生まれ変わったのが改名の真相です。