舞踏会を去るシンデレラが階段でガラスの靴を落としてしまうシーンは、映画などでは「0時の鐘に焦って慌てて駆け下りた拍子に、偶然スポッと脱げてしまったハプニング」として描かれるのが一般的です。しかし、伝承や童話のルーツをたどると、そこには王子の執念深さと冷徹なトラップが存在していました。
特にドイツのグリム兄弟が編纂した『グリム童話(子どもと家庭の昔話)』の「灰かぶり(アシェンプテル)」において、その背景は極めて生々しく描写されています。
グリム版のシンデレラは、1日だけではなく3夜連続で舞踏会に通い詰めます。毎晩0時になると素早く逃げ去ってしまう謎の美女に業を煮やした王子は、3日目の夜、彼女を逃がさないために宮殿の大階段にあらかじめ「ピッチ(瀝青/タール状の非常に粘着力が強い松やにの混合物)」を塗りたくっておくという強硬手段に出ました。
0時になり、急いで階段を駆け下りようとしたシンデレラですが、王子の仕掛けた強力な粘着トラップに足を取られます。何とか身を引き剥がして逃げ出したものの、左足の靴だけが階段のピッチにしっかりと張り付いて奪われてしまいました。つまり、靴が脱げたのは偶然のドジやロマンチックなアクシデントなどではなく、「正体を突き止めたい王子の綿密な待ち伏せ工作」という生々しい理由によるものでした。
ペロー版においても、2日目の舞踏会でシンデレラは時間を忘れかけ、鐘の鳴り始めとともに鳥のように軽快に逃げ去る中で靴を落としますが、王子はそれを執心深く拾い上げ、舞踏会の残り時間中ずっとその靴を見つめ続けていたと記されています。靴が脱落する契機には、王子の異常なまでの執着が深く関わっていたのです。