「でも、登山アプリやSNSで『九州の山で黒い大きな動物を見た』という投稿をたまに見かけるけれど、本当は生き残っているのでは?」
こうした疑問は、山を愛する人々の間で定期的に浮上します。実際、自治体や警察には年間数件から十数件の「クマらしき動物を目撃した」という通報が寄せられることがあります。しかし、日本クマネットワーク(JBN)や地方自治体の林務担当課、研究機関が現地調査に入っても、糞、足跡、樹幹に残る爪痕(クマ棚や爪痕)、体毛といった確実なフィールドサインが見つかった事例は過去30年以上ただの1件もありません。
定点自動撮影カメラ(トレイルカメラ)が九州全土の主要山系(祖母・傾山系、九重連山、霧島山系、脊振山地など)に何百台と設置されている現在でも、撮影されるのは他の動物ばかりです。現場検証によって明らかになった「誤認の正体」は主に以下の4つです。
最も多いのが「大型のイノシシ」です。特にぬた場(泥浴び場)で泥を浴びたイノシシは、薄暗い山林や夕暮れ時には全身が黒く光り、遠目からはツキノワグマの体躯と酷似して見えます。成獣のイノシシは体重80〜100kgを超える個体もあり、藪をガサガサと揺らして走る姿は登山者に強烈な威圧感を与えます。
次に多いのが「ニホンカモシカ」や「ニホンアナグマ」、そして「黒い野犬・大型の放し飼い犬」です。特にアナグマは歩き方や後姿がクマの幼獣にそっくりであり、見慣れていないハイカーが「子グマを見た」と誤認して通報する典型例となっています。
心理学的な側面からも、人間は「本州でクマ被害が多発している」という強い社会的恐怖バイアスを抱えた状態で薄暗い山に入ると、視界の端を横切った黒い影や倒木、大型獣の気配を無意識に「クマ」と脳内補完してしまう認知特性があります。九州での目撃情報は、この恐怖心と誤認が複合して生み出された産物であると結論づけられています。