鶏胸肉を煮込んで失敗する最大の原因は、肉の組成と加熱温度の関係にあります。調理科学の基礎研究データによると、鶏胸肉に含まれる主要なタンパク質であるミオシンは約50℃、アクチンは約65〜70℃で変性を始めます。アクチンが変性すると筋繊維が強く収縮し、内部に蓄えられていた肉汁(水分)がスポンジを絞るように外へと押し出されてしまいます。
牛すね肉や豚バラ肉のようにゼラチン化するコラーゲンや脂肪分が豊富であれば、長時間煮込むことでトロトロに柔らかくなります。しかし、鶏胸肉の脂質はわずか約1.5〜2.0%程度しかありません。つまり、コラーゲンが溶けて柔らかくなる前に筋繊維から水分が完全に抜けてしまい、繊維同士がぎゅっと凝固してパサパサの「出涸らし状態」になってしまうのです。
鶏胸肉を煮込みでホロホロにするための絶対条件は、「加熱前に保水力を限界まで高めること」、そして「繊維の結束力をあらかじめ断ち切ること」の2点に集約されます。