速水奨について語られる際、しばしば「天性の低音美声に恵まれたエリート」という誤解が囁かれます。しかし、その足跡を紐解くと、初期のキャリアは決して順風満帆な低音専業声優ではありませんでした。
名門・劇団青年座の出身である彼は、舞台俳優としての基礎を叩き込まれる中で、むしろ自らの声の低さに悩まされた時期があったと過去の手記や特番インタビューで述懐しています。20代前半の若手時代、周囲の同世代よりも声が低く落ち着きすぎていたため、年相応の爽やかな青年役のオーディションで苦杯を舐めることも少なくありませんでした。
転機となったのは、1980年代前半の『超時空要塞マクロス』(マクシミリアン・ジーナス役)や『聖戦士ダンバイン』(バーン・バニングス役)などでの抜擢です。当初は正統派の二枚目やライバル役を担う中で、彼は「ただ低い声を出す」のではなく、知性と狂気、気品と哀愁を低音のグラデーションの中に宿らせる技法を独学で開拓していきました。
また、個人事務所「Rush Style」を立ち上げて以降は、後進の育成や音響制作の現場環境の改善にも尽力。ネット上で囁かれる「クールで近寄りがたい完璧主義者」というステレオタイプとは真逆で、共演者からは「現場で最も気さくに駄洒落を飛ばし、後輩の緊張をほぐしてくれる温かい先輩」として慕われています。完璧なプロフェッショナリズムと人間味あふれる愛嬌のギャップこそ、業界内で彼が長年リスペクトされ続ける隠れた理由です。