この名字の変遷を紐解くには、大友愛さんの歩んできた激動のアスリート人生と私生活の歴史を振り返る必要があります。大友さんは2006年1月、バレーボール全日本女子の中心選手として絶大な人気を誇っていた時期に、元ビーチバレー選手の山本知寿(やまもと のりひさ)氏との結婚および妊娠を発表しました。同年8月に誕生したのが、長女の美空選手です。
当時、トップアスリート同士の電撃婚として大きく報道され、大友さんは一度現役を引退。美空選手を出産後は「山本愛」として育児に専念していました。しかし、バレーボールへの情熱が再燃し、2008年に現役復帰を果たします。復帰後はクラブチームでの活躍を経て再び全日本へ返り咲き、日の丸を背負う多忙な日々を送ることとなりました。
トップレベルでの現役続行と家庭生活の両立を模索するなかで、夫婦間の生活リズムや価値観のズレが生じ、2012年3月に山本知寿氏との協議離婚が成立しました。離婚当時、美空選手の親権は大友愛さんが持ち、同年に開催されたロンドン五輪では、シングルマザーとして娘のために戦い抜き、女子バレーボール日本代表に28年ぶりの銅メダルをもたらすという歴史的快挙を成し遂げました。この五輪直後は、母娘ともに旧姓である「大友」姓を一時的に名乗っていた時期がありました。