1999年12月26日、第44回有馬記念のゴール前は、まさに息を呑む死闘でした。レースはこの年限りでの引退を表明し、秋の天皇賞・ジャパンカップを連勝していた「総大将」スペシャルウィークと、宝塚記念で同馬をちぎってグランプリホースに君臨していたグラスワンダーの一騎打ちとなります。
後方4番手から先に動いたグラスワンダーに対し、武豊騎手騎乗のスペシャルウィークは大外を一気の末脚で強襲。2頭が完全に馬体を並べてゴールライン板を通過した瞬間、中山競馬場の10万人を超える観衆は地鳴りのような歓声を上げました。
なぜ武豊騎手は「敗北したのにウイニングラン」を行ったのか?
ゴール直後、武豊騎手はスタンド前でスペシャルウィークの手綱を緩め、右手を高々と掲げて歓声に応えるウイニングランを行いました。これに対し、的場均騎手は足早に検量室へと引き揚げていきました。誰もが「スペシャルウィークが差し切った」と信じて疑わなかった瞬間です。
のちに武豊騎手自身がメディアの手記や回顧インタビューで明かした真相によると、そこには「加速の勢い」と「視覚の死角」が複雑に絡み合っていました。外から追い込んできたスペシャルウィークは完全にグラスワンダーを抜き去る勢い(脚勢)にあり、騎手の体感としては確実に交わした感触がありました。さらに中山競馬場のスタンドからゴール板を見る角度、内と外で大きく離れたコース取りが、わずかな首の上げ下げの判別を極めて困難にしていたのです。
「負けたと思った」的場均が手繰り寄せた執念のハナ差
一方、検量室前で鞍を外していた的場均騎手もまた、後に「豊君が手を挙げていたし、相手の勢いが勝っていたので負けたと思った」と述懐しています。しかし、12分間にも及ぶ長時間の写真判定の結果、電光掲示板の1着欄に点灯したのはグラスワンダーの馬番「7」でした。
写真判定のスリット写真が示した差は、わずか4cm(4センチ差)。決め手となったのは、グラスワンダーがゴール板の瞬間に見せた「首の低さ」と強烈な勝負根性でした。的場騎手が最後まで諦めずに馬体を沈めさせ、グラスワンダー自身が持てる全身全霊で鼻面を突き出した奇跡的なワンアクションが、武豊騎手の確信をミリ単位で覆したのです。