氷室京介の人生を語る上で欠かせないのが、下積み時代から彼を支え続けてきた妻・Tamae(たまえ)夫人の存在です。二人は氷室京介がブレイクする前、群馬県のアマチュアバンド時代からの付き合いであり、1983年頃に結婚したと言われています。
BOØWYの結成、爆発的ヒット、そして伝説の解散からソロ活動への移行に至るまで、Tamae夫人は常に最も近い場所で精神的な支えとなってきました。1997年に決断したアメリカ・ロサンゼルスへの移住も、夫人の細やかなサポートと家族の結束があってこそ実現したものです。
現地での子育てを一手に引き受け、異国の地で子供たちをバイリンガルとして立派に育て上げたTamae夫人への感謝を、氷室京介は折に触れて口にしています。