1966年、若き日の立川談志の手によって『笑点』は誕生しました。当時、従来の演芸番組の枠組みを壊そうとした談志の構想は、尖鋭的で鋭利な風刺に満ちていたと言います。落語をより身近にしつつも、毒と知性に溢れた大喜利スタイルを確立させた彼の存在なくして、今日の番組の成功はあり得ませんでした。
しかし、あまりに強烈な美学と妥協を許さない姿勢は、やがて回答者陣との間に大きな摩擦を生むことになります。番組の方向性をめぐる対立から、初代司会者の退場という波乱のドラマが展開しました。この創業期の確執と情熱こそが、番組に「生きた熱量」を注入し、長寿番組へと脱皮する原動力となったのです。