この事件が半世紀以上を経た現在でも登山史に深く刻まれている理由の一つに、犠牲となった学生が命を落とす直前まで書き残していた「手記」の存在があります。救助隊によって回収されたノートには、逃げ場のない山中でヒグマの足音と威嚇に晒され続けた青年の壮絶な心理描写が生々しく綴られていました。
手記には「前も後ろもクマ」「お母さん助けて」といった悲痛な叫びとともに、以下のような記述が遺されていました。
「クマがテントを破って入ってきた。皆散り散りに逃げる。足音がすぐ後ろから聞こえる」「とうとうやられた。痛い、助けてくれ」「明日の朝まで生き残れるだろうか。家族の顔が浮かぶ」
当時、北海道警察や山岳関係者が閲覧したこの記録は、ヒグマが一度標的を定めた際にどれほど異常な執着心を持ち、執拗に追跡を続けるかを示す一級の一次資料となりました。極限のパニック下でありながら、自分の置かれた状況を冷静に書き留めようとした記録は、現代の登山者にも計り知れない恐怖と野生動物への厳戒意識を与えています。