噂の渦中にあるビートきよしは、浅草フランス座時代にエレベーターボーイを務めていたたけしと出会い、1972年頃にツービートを結成しました。本名・兼子二郎としての経歴を振り返ると、彼は常にたけしの才能を誰よりも早く見抜き、その暴走を誰よりも近くで受け止めてきた理解者です。
現在、ビートきよしは自身のX(旧Twitter)アカウント等を通じて、ユーモアを交えた日常のつぶやきを頻繁に投稿しています。ファンから「まだ生きていたんですね」と無遠慮なリプライが飛んでも、「誰が死んだって? オレはピンピンして毎日メシ食ってるよ!」と笑い飛ばす器の大きさを見せています。
自著や当時の特番インタビューにおいて、きよしはこう語っています。
「相棒(たけし)があまりにもデカくなりすぎたから、オレがテレビに出てないとすぐ『あいつは借金苦で死んだ』とか『ビルから飛び降りた』なんて言われるんだ。でも、オレはあいつの隣で一番面白い漫才をやれた。それだけで芸人としてお釣りがくるよ」
かつてたけし軍団のメンバーたちが師匠・たけしを絶対的なカリスマとして崇拝する一方で、きよしだけは一貫して「たけちゃん」と呼び対等な友人の距離を保ち続けました。生死を分かつような悲劇とは無縁の場所で、きよしは今も自分の人生をマイペースに謳歌しています。