手のひら側に違和感を覚えると、誰もが手首の境目を親指でグイグイと押し込みがちです。しかし、医学的な見地から断言すれば、手根管症候群やってはいけないことの真相の筆頭に挙げられるのが、この「手首の付け根中央(手根管直上)に対する強圧マッサージ」です。
手首の掌側には、手根骨という骨の窪みと、その上を覆う頑丈な靭帯である「屈筋支帯(横手根靭帯)」によって形成されたトンネル状の空間(手根管)が存在します。この狭小なトンネルの内部には、指を曲げるための9本の屈筋腱とともに、手のひら側の知覚と親指の運動を司る「正中神経」が隙間なく通っています。正中神経圧迫の原因と理由は、手の過度な酷使、加齢、あるいは女性ホルモンの分泌バランス変化に伴う腱鞘の滑膜肥厚によって、手根管内部の圧力が病的に上昇することにあります。
通常時の手根管内圧は約2〜10mmHg程度ですが、炎症を起こしている病態下ではすでに30mmHg以上に跳ね上がっています。そこへ外側から親指で体重を乗せて揉みほぐそうとすると、手根管内の圧力は瞬間的に100mmHgをはるかに突破します。硬い骨と強靭な靭帯の間に挟まれた無防備な正中神経に対し、すり潰すような直接的せん断応力が加わるわけです。その結果、神経周膜の微小血管が閉塞して虚血性壊死を早め、しびれの悪化どころか不可逆な神経線維の変性を招いてしまいます。
ネット上の民間療法や動画では「靭帯を柔らかくするために手首を指圧しよう」と謳う不確かな情報が散見されます。しかし、屈筋支帯ほぐし方の注意点として整形外科専門医が一貫して警告している通り、強靭なコラーゲン線維の束である屈筋支帯は、体外からの指圧ごときで柔軟性が戻るような組織ではありません。手首のしわの直上を押し込む行為は、火に油を注ぐに等しい暴挙であると認識する必要があります。