Q1:初代司会者の立川談志が笑点を降板した本当の理由は何ですか?
A1:最大の理由は、談志が目指した「前衛的で辛辣な社会風刺路線」と、大喜利メンバーが目指した「大衆向けの寄席演芸路線」との決定的な対立です。談志の過激な方針に反発した圓楽や歌丸らメンバー全員が収録をボイコットしたことで、談志自身の降板が決まりました。
Q2:桂歌丸さんと三遊亭小圓遊さんの罵倒合戦は本当に仲が悪かったのですか?
A2:不仲説は完全な誤解で、実際は非常に仲の良い盟友同士でした。2人は互いの芸と役割を深く理解しており、楽屋で綿密な打ち合わせを行った上で阿吽の呼吸によるハイレベルな掛け合いを披露していました。小圓遊の急逝時、歌丸は深い悲しみに暮れ涙を流しました。
Q3:座布団運びは山田隆夫さんの前は誰が担当していたのですか?
A3:番組初期には落語家の毒蝮三太夫(当時は三遊亭はる生)が毒舌キャラとして担当し、その後、俳優の松崎真が「手を挙げて横断歩道を渡りましょう」のギャグで約13年間にわたり務めました。山田隆夫は1984年10月から担当しています。
Q4:昔の笑点には女性落語家のレギュラーメンバーはいなかったのですか?
A4:大喜利レギュラーとしての女性メンバーはいませんでしたが、昭和の一時期に「若手大喜利」や特別企画のコーナーなどで女性芸人や女性タレントがゲスト出演することはありました。本格的な女性落語家の参加は、近年の特番や新メンバー候補としての出演が中心です。