杉本博司の制作は、明確なコンセプトに基づいた厳格なシリーズ形式で展開されます。半世紀にわたるキャリアの中で生み出された重要作品群を振り返ると、彼が一貫して「時間」「光」「視覚の不確かさ」を追求してきた軌跡が浮かび上がります。
1. 『海景(Seascapes)』——人類の始原の視線を呼び起こす
空と海が画面の中央で正確に二分されたモノクローム写真。杉本は「現代人が見ている風景の中で、古代人が見ていたものと全く変わらない風景はあるか?」という問いからこの制作を始めました。世界各地の海岸に赴き、数時間の長時間露光を行うことで波のさざめきは乳白色の靄へと溶け込み、そこには空気と水と光だけが存在する根源的な空間が現れます。
2. 『劇場(Theaters)』——映画1本分の時間を1枚に凝縮する
アメリカ各地のアール・デコ調の旧式映画館やドライブインシアターにカメラを据え、映画の上映開始から終了までシャッターを開け放ち続ける試みです。スクリーンに投影された何十万コマという映像の光が蓄積された結果、フィルムには眩い純白に発光するスクリーンと、その光に照らし出された精緻な劇場の内装だけが浮かび上がります。映画という時間の流れそのものを不可視化し、光の総量として可視化させた傑作です。
3. 『放電場(Lightning Fields)』——カメラを使わない光の実験
2000年代後半から本格化した本シリーズでは、カメラやレンズを一切使用しません。暗室の中で40万ボルトのヴァン・デ・グラフ起電機を用い、写真用フィルムの乳剤面に直接高電圧を放電させます。フィルムの上に走る稲妻のような放電痕は、地球上に生命が誕生した瞬間のエネルギーを想起させるプリミティブな美しさを湛えています。
4. 『建築(Architecture)』と『ジオラマ(Dioramas)』
ル・コルビュジエや安藤忠雄らの名建築を、焦点距離を「無限遠の倍」に設定して意図的にぼかして撮影した『建築』シリーズ。細部の装飾を削ぎ落とすことで、建築家が最初に脳裏に描いたであろう「純粋な建築のイデア」を抽出しました。また、自然史博物館の剥製ジオラマをあたかも生きている野生動物のように撮影した『ジオラマ』シリーズは、写真の持つ「記録性」という欺瞞を鋭く告発しています。