高崎におけるだるま作りの起源は、江戸時代中期の天明年間(1780年代)にまで遡る。浅間山の大噴火とそれに伴う天明の大飢饉により、農村は未曾有の困窮に喘いでいた。この惨状を救うべく立ち上がったのが、少林山達磨寺の第九世・東嶽和尚である。
和尚は、中国の禅宗開祖である達磨大師の座禅姿を模した木型を彫り、農民たちに閑散期の副業として張り子のだるま作りを指南した。山県友五郎をはじめとする先人たちが創意工夫を重ね、現代に続く「起き上がりだるま」の原型が完成したと伝えられている。飢餓と絶望の淵から立ち上がるための祈りが、やがて地域を支える巨大な産業へと結実していった歴史は、厳しい時代を生きる現代人の胸にも強く響く。