政治報道の現場で今もっとも奇妙なコントラストを生み出しているのが、官邸前や国会周辺において「石破やめろ」のシュプレヒコールと「石破がんばれ」のコールがほぼ同時に発生している現象です。一見すると不可解なこの対立構造には、三層にわたる社会的分断が影を落としています。
第一に、ネット右派層と現実主義層の決裂です。長年、安倍政権下で培われた強固な保守イデオロギーを重視する層からは、石破首相のアジア外交や歴史認識、選択的夫婦別姓などに対する慎重かつ寛容なスタンスが「妥協」「左傾化」と映り、激しい辞任要求の標的となります。
第二に、野党支持層内部の葛藤です。野党側にとって、支持率が低迷する石破政権は格好の攻撃対象であるはずですが、一方で石破首相が退陣してより強硬なタカ派政権が誕生することを警戒する層も存在します。「石破政権のうちに政治改革関連法案や情報公開を進めさせたい」という打算が、一部リベラル・無党派層からの消極的な擁護につながっています。
第三に、メディア報道のバイアスに対する市民の反発です。「大手メディアの過度な政権叩き」に対するアレルギー反応がネット社会で年々強まっており、「テレビが引きずり下ろそうとしている政治家を逆に応援したくなる」という反骨精神が、ハッシュタグ運動の起爆剤として機能している点も冷徹に指摘しなければなりません。