インターネット上の掲示板や個人のSNSアカウントでは、愛犬が異物を飲み込んだ際の民間療法として「濃い食塩水を飲ませて吐かせる」「オキシドール(過酸化水素水)を注入する」といった情報がまことしやかに語り継がれています。しかし、救急医療に携わる獣医師の視点から断言すれば、自宅で無理に吐かせるリスクは百害あって一利なしの危険行為です。
とりわけ食塩水を強制給餌器やシリンジで飲ませる手法は、極めて短時間で血中ナトリウム濃度を異常上昇させ、急性高ナトリウム血症を引き起こします。これにより脳細胞から水分が奪われて脱水・脳浮腫が生じ、激しい神経症状、痙攣、昏睡を経て、誤飲そのものよりも先に塩中毒で絶命した犬の症例が日本獣医学会の学術大会等でも幾度となく報告されています。
オキシドールに関しても、胃粘膜に強烈な化学的びらん(潰瘍)を形成し、急性胃壊死や重篤な食道炎、肺気腫を誘発する恐れがあります。さらに、嘔吐物が気管に入り込む「誤嚥性肺炎」を併発すれば、呼吸不全で命を落としかねません。
飼い主ができる犬が誤飲した時の応急処置とは、胃の中のものを無理やり出させることではありません。「今すぐ何も食べさせず、水も大量には飲ませない(絶飲食を維持する)」「残されたペットシーツの破片をジッパー袋にかき集める」「同製品の予備を1枚持って直ちに動物病院へ急行する」ことこそが、唯一にして最大の救命処置です。動物病院では安全性の確立された薬剤(トラネキサム酸注射薬やアポモルヒネ等)を用い、血圧や心拍を厳重にモニターしながら催吐を行います。自己判断による家庭療法は即刻封印してください。