現在の小学校の教壇では、かつて私たちが経験した風景とは一線を画す光景が広がっています。1人1台端末(GIGAスクール構想)が定着した教室において、文部科学省の認可を受けたデジタル教科書の本格運用が進んでいるためです。
教室を取材すると、児童がタブレット画面を指先で操作し、朗読音声のスピードを自分に合わせて調整したり、文字の背景色を反転させて視認性を高めたりする姿が日常となっています。特にディスレクシア(読み書き障害)や視覚特性を持つ児童に対しては、ユニバーサルデザインフォント(UDデジタル教科書体)の採用や自動読み上げ機能が劇的な学習効果をもたらしています。
また、インターネット上でもたびたび白熱した議論が巻き起こっています。SNS等で「ごんぎつねの結末で、兵十が撃ったのは正当防衛ではないか」「ごんの償いは自己満足に過ぎなかったのか」といった大人の再解釈ポストが何万件も拡散される事象が起きています。実際の教育現場でも、かつてのような「いたずらを反省したごんの悲しい自己犠牲」という一方的な受容だけでなく、「コミュニケーションの不在が招いた悲劇」として、児童同士が兵十とごんの双方の立場からディベートを行う授業が実践されています。名作は固定された遺物ではなく、時代を映す鏡として今なお教室で更新され続けています。