打者が圧倒的であればあるほど、敬遠は不可避の宿命として立ち塞がる。日本野球機構(NPB)の歴史において、通算868本塁打を放った世界のホームラン王・王貞治が記録した通算427敬遠(故意四球)という金字塔は、相手バッテリーがいかに彼のバットを恐れていたかを物語る生々しい証拠だ。シーズン終盤の本塁打記録争いにおいて、勝負を避けられ続けた往年の名打者たちの悔しさは、記録の裏に隠された影の歴史である。
舞台を現代のメジャーリーグベースボール(MLB)に移せば、その重圧を一身に受けているのが大谷翔平だ。規格外のパワーと勝負強さを兼ね備えたスラッガーに対し、僅差の終盤で勝負を挑むのは指導者としての職務怠慢に等しい。かつてバリー・ボンズが経験した「満塁での敬遠」という狂気の選択すら、大谷の前では現実味を帯びて議論される。日米を問わず、時代を超越した怪物は常に「歩かせる恐怖」によって孤立させられ、その存在そのものが相手ベンチの采配を歪めてきたのだ。