長谷寺の起源は、奈良時代の高僧・徳道上人が一本の巨大な楠(クスノキ)から二体の観音像を彫り上げた伝承に遡る。一体は大和(奈良)の長谷寺の本尊となり、もう一体は「有縁の地にて人々を救え」と祈りを込めて海へと流された。その尊像が相模国の三浦半島に流れ着き、鎌倉の山へと遷座されたのが現在の始まりと伝わる。
現在、真言宗豊山派に属する長谷寺は、坂東三十三観音霊場の第四番札所としても広く信仰を集めている。白装束をまとった巡礼者が手にする納経帳や納め札の光景は、単なる行楽地ではない生きた信仰の場であることを思い起こさせる。古来より続く巡礼の足跡は、今も境内の敷石一つひとつに刻まれている。